あんな夫婦こんな夫婦 渡辺裕之さん 原日出子さん ご夫妻

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いい夫婦の日「パートナー・オブ・ザ・イヤー2001」受賞

20190122渡辺裕之原日出子

出典:いい夫婦の日HP

「いい夫婦の日」をすすめる会が毎年11月22日に理想のカップルとして表彰する「パートナー・オブ・ザ・イヤー」。その「パートナー・オブ・ザ・イヤー2001」に選ばれたのが渡辺正幸・原日出子ご夫妻でした。
選出の理由について、一般の方からは“美男美女の微笑ましい大人のカップル”“奥様は再婚でお子さんもいるが、そのお子さんに対して本当の親子以上に慈しみ合っている”“2001年度の24時間テレビ(NTV)で、家族を大切にするお二人に感激した”などの声が寄せられ、また、「いい夫婦の日をすすめる会の企画委員会」からは、『洗練された大人のカップル』という意見が多く、お二人が選ばれたとされています。

渡辺裕之さん 原日出子さんの 出逢いと馴れ初め【結婚相談所 佐賀・福岡の婚活支援】

お二人の初の出会いは、2009年にテレビ朝日で放送された短編映画「雪の花」ドラマでの共演です。その作品でのお二人の配役は「恋人同士」。ご縁があったのでしょうね!
交際のきっかけは、新幹線移動中に渡辺裕之さんが原日出子さんに交際を申し込んだとのことで、お芝居の役柄を超えて、プライベートでも恋人関係に発展していったのですね。後日、渡辺裕之さんは「結婚前から胃袋をつかまれていました」と、原日出子さんの料理にうまさに惚れ込んだことも明かしました。

渡辺裕之さんと原日出子さんとの結婚は、1994年。渡辺裕之さん39歳、原日出子さん35歳のときでした。実は原日出子さんにとって、結婚は初めてではありませんでした。一度目は、この結婚の約10年前(1983年)、相手は高校時代の同級生だった男性で、女のお子さんも生まれています。このときの原日出子さんは まだ23歳で、いわゆる「できちゃった婚」だったとの説があります。その結婚生活は長続きせず、3~4年で離婚されたようです。

その後、渡辺裕之さん、原日出子さんのお二人は『芸能界きってのおしどり夫婦』と言われるほどの仲良し夫婦となられました。

原日出子さん 10年間の更年期障害と闘う!【結婚相談所 佐賀・福岡の婚活支援】

原日出子さんは、44歳になったころから体の不調を感じるようになりました。それは約10年も続く苦しいものだったそうです。最初の数年は、家族にも言わず、ご自分一人の苦しみとして抱えておられておられたそうですが、テレビで、同じ病気に苦しむ女優の奈美悦子さんの体験を聞き、ご本人に相談。体を不調を隠すことをやめ、ご家族みんなの協力のなか少しずつ回復していかれたそうです。

この間の事情は、2013年11月12日に放送された、テレビ朝日の番組『たけしの健康エンターテインメント!みんなの家庭の医学 名医が警告!今急増している病気ランキングSP』という番組で、『原日出子 夫婦で乗り越えた病との戦いの記録』という再現ドラマとして放映されました。その内容は、更年期障害を夫婦で克服した女優・原日出子・渡辺裕之夫妻、そしてご家族の、壮絶な病との闘いになっています。このドラマなどを通して、原日出子さんご一家の闘いの様子は、広く一般に知られることとなりました。

更年期障害の症状が出始めたのは、原日出子さんが44歳の時でした。ある日突然、動悸と息切れに襲われた原さんは、明らかに体調の異変を感じ、何か悪い病気かと思って内科に行きます。「鉄欠乏症貧血」という診断で薬を処方してもらったものの、一向に治る気配はありません。とうとう抑うつ状態になってしましました。

それでも、当時は女優の仕事をしながら、一切サボることなく、家事も一生懸命こなし、体調が悪いことは家族には黙っていたそうです。

徐々に症状は悪化し、笑うことが出来なくなる原日出子さん。テレビの前に立てなくなるという、辛い経験にあうこともしばしば出てきました。

このころの様子を、原日出子さんは

  • 二階の寝室に行くにも息切れがして上がれない
  • 冷えて歯がガタガタなる
  • 夜は眠れない
  • 生理のたびに全身汗びっしょり
  • トイレで倒れる

などと振り返っています。

ご家族から見ても、体調が悪いのは明らかで「大丈夫?」と心配されたそうですが、「大丈夫じゃないから、こうなってるんじゃないの!」とイライラが余計に募るばかり。その繰り返しのまま3年が過ぎていきます。

自分一人で抱えることに限界を感じ、精神的にボロボロになったころ、テレビで女優の奈美悦子さんも更年期障害で苦しんでいたこと知り、奈美さんに相談することにしました。
原日出子さんは、奈美悦子さんも自分と同じく、誰にも言えずに苦しかった時期があったということを知ります。奈美さんから励まされた原さんは、奈美さんのアドバイスを受けて病院に通いはじめ、家族に更年期障害のことを打ち明ける決意をしました。

夫の、渡辺裕之さんにも初めて詳しい症状を話します。すると、渡辺さんは『僕は何をしたらいい』と優しく接してくれ、洗い物やゴミ出しなど、原さんに見られないように、心の負担にならないように陰で支えてくれたそうです。

こうして自分の時間を取り戻せた原日出子さん、症状は10年近くも続きましたが、周囲の協力もあり、少しずつ 改善の方向へ向かっていきました。

■44歳:不調を感じ、何か重大な病気ではないかと悩む。
■45歳:貧血、動悸・息切れ、冷え、不眠、冷や汗など、さまざまな症状。更年期の不調だとわかってはいるものの、何もできず、休みの日は家に引きこもり、うつ状態に。
■47歳:先輩などにカミングアウトし、気持ちが楽に。
■48歳:食生活によって体調がよくなることを実感。
■50歳:生理がまばらに。体調が徐々によくなる。
■53歳:閉経。健康でも、人生のMAXまで太ってしまう。
■54歳~56歳:健康に関する知識を深める。食事と運動による緩やかなダイエットで、健康に磨きをかける。(出典元:集英社)

渡辺裕之さんってどんな方?【結婚相談所 佐賀・福岡の婚活支援】

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渡辺裕之(わたなべ ひろゆき、1955年12月9日 – ) 日本の俳優。身長は176cm、体重は67kg。血液型はB型。所属事務所はユニコン株式会社。

3人兄姉の長男(弟1人、妹1人)。茨城県水戸市出身。拓殖大学商学部経営学科卒業。妻は女優の原日出子。現在は神奈川県在住。

渡辺裕之さんの略歴

大学時代にはルフトハンザドイツ航空でアルバイトしたことでドイツ語を学んだ

1980年にコカ・コーラのテレビコマーシャルで芸能活動を開始。2年後に出演した大正製薬の「リポビタンD」CM中で使われた「ファイトー!」「イッパーツ!」のキャッチフレーズが同商品の200億本販売の原動力となり、同時に自身の端整な顔立ちと鍛え上げられた肉体も話題となり、一躍人気を博す。

俳優としてのデビューは、映画『オン・ザ・ロード』(主演)。白バイ警官を演じた。テレビドラマでは『愛の嵐』で二枚目俳優ぶりを発揮し、「嵐シリーズ(グランドロマン)」全3作に出演したことで有名(特に高木美保とのコンビはゴールデンコンビと呼ばれた)。以降、役者・スポーツマンとして幅広く活躍。任侠ものを中心としたオリジナルビデオでの活躍もあり、固定ファン層から多大な支持を得ている。

妻とのおしどり夫婦ぶりは芸能界でも屈指(原は子連れの再婚であったが、渡辺は実子のように育てている)。

ゴルフの腕前も相当で、『ゴルフの真髄 -ARTISTIC GOLF-』などに出演している。

2007年1月11日の夕方、東名高速道路で人命救助を行っていたことが、明らかになった。これは、下り車線の東京料金所(神奈川県川崎市)付近で道路の金属製ジョイントが破損し、それに乗り上げた軽ワゴン車が横転した事故であった。帰宅途中だった渡辺が目撃して車を止めて駆け寄ったところ、男性運転手は動転し、後部座席に乗っていた男性は動けない状態だった。そこで渡辺は自分の携帯電話ですぐに110番と119番通報をして、後部座席の男性を事故車から救出、自分の車の中にあった毛布を掛け、救急車とパトカーの到着後、警察官に状況説明をした。渡辺によると「もしガソリンが漏れていれば引火の可能性もあったわけで、一刻も早くということで救い出した。」とのことであった。当初、渡辺は騒ぎになることを避けるため、自身が芸能人であることを黙っていたが、駆けつけた警官に「『オン・ザ・ロード』見てました」と言われ、正体がばれてしまった。

第3回Yahoo! JAPAN文学賞受賞作を映画化した短編映画『雪の花』にて、原日出子と初めて夫婦役で夫婦共演を果たした。同作は2009年12月13日にテレビ朝日で放映された。

2017年、木村ひさし監督と江頭美智留脚本で話題となった連続ショートドラマ『あじさい』に出演。

渡辺裕之さんの資格・特技

自身の描いたイラストがテレビ番組のタイトルに使用されるなど、芸術面での才能も豊かな渡辺はその多趣味ぶりも有名で、それに伴い数多くの資格を取得している。

  • ドラム(パーカッション)
  • 英会話
  • 乗馬
  • スキー
  • 水泳
  • スキューバーダイビング(ライセンス所有)
  • パラグライダー(ライセンス所有)
  • ゴルフ
  • 商業簿記3級
  • 書道初段
  • 自動二輪・普通自動車免許

渡辺裕之さんのエピソード

  • 2007年、『劇場版 仮面ライダー電王 俺、誕生!』に、2007年当時としてはシリーズ史上最高齢となる51歳の仮面ライダーとして登場。同作の製作発表記者会見において、『仮面ライダースーパー1』の仮面ライダースーパー1こと沖一也役のオーディションで落選していたことを明らかにした
  • 同じ頃、特撮誌のインタビューで「子供の頃から好きだったウルトラマン・仮面ライダー・ゴジラ・ガメラには出演したいと昔から思っていて、ライダー以外には出演できたが年のせいもあってライダーは無理だろうと思っていたらライダー役が来たので驚いた。」とコメントしている。
  • ウルトラマンガイア』出演中に子供の幼稚園に行くと、劇中での渡辺の地位が司令官ということで子供の友達から敬礼されたという
  • 俳優業の他にトム・クルーズマイケル・キートンの吹替を担当したことがあるが、英語が堪能な渡辺は吹替時は耳に入る言葉と台本の差がわかりすぎてやりにくかったとのこと。現在は吹替の仕事は行っていない。
  • 甘い物が大好き。冷蔵庫に入っていた家族全員分のプリンを勝手に一人で食べてしまって、妻の原日出子に怒られた(『踊る!さんま御殿!!』)。
  • 2011年1月28日放送のミヤネ屋によると、前述の高速道路での人命救助のほかにも多くの人を救っている模様。
  • 同姓同名(漢字まで一致)の縁で、作家・渡辺裕之の著書「シックスコイン」の推薦文を書いている。

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原日出子さんってどんな方?【結婚相談所 佐賀・福岡の婚活支援】

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原日出子(はら ひでこ、1959年11月10日 – ) 日本の女優、タレント。本名:渡辺 典子(旧姓:馬込)。夫は俳優の渡辺裕之。ユニコン所属。現在は神奈川県在住。

原日出子さんの略歴

東京都武蔵野市吉祥寺で青春時代を過ごす東京都立久留米西高等学校卒業。日本工学院専門学校中退。

劇団四季の研究生として女優デビュー。1980年の特捜最前線 第160話「復讐I・悪魔がくれたバリコン爆弾!」のりょう子 役、1979年には『夕焼けのマイウェイ』で映画に初出演する。この時期、数多くのテレビドラマや映画のオーディションを受けていた。

1980年のポーラテレビ小説『元気です!』の主役を宮崎美子と争う形となったが結果として敗れ、ヒロイン役である宮崎のライバル的な役柄で出演する。1981年にNHKの連続テレビ小説『本日も晴天なり』の主演に抜擢されブレイク。同年に歌手デビューし、『約束』『青いラプソディー』などの曲を発表する。カティ・サークのヌードカレンダーにも出演して話題になった。

1983年、高校時代の同級生と結婚し1女をもうけるが、1987年に離婚。1994年に渡辺裕之と再婚する。のちに1男1女が誕生。2001年に「パートナー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。現在、1男2女の母である。

第3回Yahoo! JAPAN文学賞受賞作を映画化した短編映画『雪の花』にて、渡辺裕之と初めて夫婦役で夫婦共演を果たした。同作は2009年12月13日にテレビ朝日で放映された。

2019年、映画『鈴木家の嘘』で第33回高崎映画祭最優秀主演女優賞を受賞する

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そして今の 渡辺裕之さん 原日出子さん ご夫妻【結婚相談所 佐賀・福岡の婚活支援】

長期間の更年期障害を、ご夫婦、そしてご家族で乗り切られました。
そのご様子は、ファンのみならず、同じ病気で苦しむ多くの方を励ましてくれました。

最近のご活躍は、渡辺裕之さんの公式ホームページや、原日出子さんの公式ページなどで見ることができます。渡辺裕之さんの公式ブログ原日出子さんの公式ブログもありますが、こちらの方の更新はそれほど多くはないようです。
むしろ、渡辺裕之さんのFacebookページや、渡辺裕之さんのインスタグラム原日出子さんのインスタグラムなどのSNSでは、お二人の生き生きした暮らしぶりを拝見することができます。お二人のご活躍をお祈りいたします。

20190122渡辺裕之原日出子

出典:原日出子公式Instagram

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出典:渡辺裕之公式Facebook

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出典:渡辺裕之公式Facebook

20190122渡辺裕之原日出子2

出典:渡辺裕之公式Facebook

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投稿者プロフィール

小宮英喜
小宮英喜
結婚相談所 縁cafeはやぶさ 婚活サポーター。はやぶさパソコン教室と学研はやぶさ教室(小中学生の学習塾)も経営。佐賀市諸富町在住。

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